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ま心のコラム

一瞬のひらめき

2013年8月1日

も世界各地で人と人が大規模な争いを繰り広げています。その理由は覇権争い、資源をめぐる土地の奪い合い、民族や宗教の違いによる根強い憎しみなど……人類史上、そうした複雑な思惑が絡んだ大規模な争いがなかった時代はありません。戦争は人間の本能の一部なのでしょうか。
戦争とは巨大な暴力です。暴力とは人間の尊厳を粉みじんに破壊する悪しき行為のことです。しかもそれは、尊厳というものを知る人間だけがなしうることです。しかし、逆もまた真実です。人間を尊重し、回復させることができるのも、尊厳を知る人間以外にありえません。

々の戦場写真は、戦争の悲惨な現実を物語っています。
20世紀で最も有名な写真家の一人、ロバート・キャパはスペイン内戦で「崩れ落ちる兵士」という有名な写真を撮りました。頭に銃弾を受けた兵士の写真です。日本人戦争写真家の草分けである沢田教一は、ベトナム戦争で乳飲み子を抱いた母親と三人の幼児が必死に川を渡る写真に「安全への逃避」という題名をつけました。

じ戦場写真家の一人に、佐賀県武雄市出身の一ノ瀬泰造という人がいます。一ノ瀬泰造は沢田教一に憧れ、フリーカメラマンとして内戦下のカンボジアに取材し、数々の優れた作品を残しました。「地雷を踏んだらサヨウナラだ」と友人に書き送った最後の言葉が広く知られています。

ノ瀬泰造の写真を見ると、戦闘での勇壮さを称えるといったタイプの写真はほとんどありません。その逆に、恐怖におののきつつ砲撃から身を隠すうら若き兵士たちや、休暇で帰郷した兵士とその家族の喜びや、戦闘の合間にお互いを散髪しあうのどかなひと時や、銃弾がいつ飛んでくるかもわからない不安な状況の中で無邪気に遊ぶ子どもたちといった、極限状態に置かれた人間の生の姿を、ありのままに、しかし温かいまなざしでとらえた作品がほとんどです。
そのまなざしは戦争を憎んでさえいないように思えます。若く無垢な情熱を以て、目の前の出来事の奥底にキラリと輝く光をファインダーでただ切り取っていきます。そこに切り取られ、フィルムに焼き付けられた光は、人間の心の奥底の光です。そのようにして切り取られた真実の光が、撮影者の意図とは無関係に人間の悪しき反面を鋭く照射するのです。

ノ瀬泰造は1973年11月、ポル・ポト派の拠点であったアンコールワット遺跡への単身潜入を試みて消息を絶ち、9年後に両親によって死亡が確認されました。わずか26年の生涯でした。ですがその短い人生は、心の奥底にひらめく真実の瞬間を捉えて、大勢の人の魂を揺さぶることができた偉大な人生でした。

い思想はじっくり考えて作り上げるものではありません。それは、一瞬にしてひらめく光です。人は一生に必ず一度、人生の意義にも匹敵するほど価値ある一瞬を体験します。人間とはその一瞬を掴まえるために生きているのだということを、永遠の若き写真家は教えてくれます。

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